モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場とは?世界遺産についての解説

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場
項目 内容
場所 イタリア・モデナ
登録年 1997年
登録基準 (i)(ii)(iii)(iv)
概要 モデナ大聖堂、トッレ・チヴィカ、グランデ広場は、中世イタリアの自由都市の発展の様子を伝えるとともに、中世キリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきを伝える優れた例証として、世界遺産に登録されました。
見どころ モデナ大聖堂、トッレ・チヴィカ、グランデ広場、大聖堂博物館、エステ家図書館、エステ家美術館
アクセス モデナ駅からは徒歩で15分から20分、駅からバスを利用すれば10分程度で到着します。ボローニャから電車で約30分、ミラノやフィレンツェからも電車で1時間半から2時間でアクセスできます。

1. モデナの大聖堂とは

要約

モデナ大聖堂の歴史

モデナ大聖堂は、イタリア・モデナにある大聖堂で、ヨーロッパで重要なロマネスク建築の一つとして知られています。モデナ出身の著名なテノール歌手ルチアーノ・パヴァロッティの葬儀が行われた場所としても有名です。大聖堂の建設は1099年に主任建築家ランフランコの指揮下で開始されました。大聖堂は、モデナの守護聖人聖ジェミアヌス(イタリア語では聖ジミニャーノ)の墓の役割を持っていました。5世紀から同じ場所にはかつて2つの教会が建てられ、どちらも破壊されていました。聖人の遺物は今も大聖堂内の納骨堂に展示されています。

ランフランコの仕事の後、大聖堂はアンセルモ・ダ・カンピオーネと、『カンピオーネの職人たち』と呼ばれた彼の後継者たちによって装飾されました。そのため現在のファサードは別の様式となっています。壮麗なバラ窓は13世紀にアンセルモによって加えられました。入り口に設置されているプロティロの円柱を支える2頭のライオン像は古代ローマ時代の物で、おそらく基礎部分を掘っている際に発見された物です。

ファサードは、アンセルモと同時代の彫刻家グリエルモ・ダ・モデナ作のレリーフで知られています。預言者と総主教の肖像、聖書の物語など、ロマネスク様式彫刻の傑作が含まれています。学者たちは、「アダムとイヴの創造」、「原罪」、「ノアの物語」の中に壮大な功績を指摘しました。

側門も注目すべきです。グランデ広場側、ポルタ・レジア(王の門、の意味)はカンピオネージによるもので、ポルタ・デイ・プリンチピ(王子の門、の意味)は、グリエルモ・ダ・モデナの門弟による聖ジミニャーノの一生を描いたレリーフで装飾されています。北側門はポルタ・デッラ・ペスケリア(魚市場の門、の意味)で、1年の暦に触発されたレリーフと、アーチ上はブルトン語のアーサー王の物語がレリーフで飾られています。

モデナ大聖堂の建築様式
時代 様式
1099年~12世紀 ロマネスク様式
13世紀 ゴシック様式
現在 ロマネスク様式とゴシック様式の融合

モデナ大聖堂の内部

内装は3つの本堂で分けられます。中央の本堂と納骨堂の間は、アンセルモ・ダ・カンピオーネ作による『最後の晩餐』、大理石製キリストの受難像、があります。アッリーゴ・ダ・カンピオーネによる説教壇は、小さなテラコッタ像で飾られています。14世紀からある木製の十字架像が有名です。

大聖堂内には、2人の偉大なモデナ人芸術家の手による『キリストの降誕』像が納められています。一つは1527年にアントニオ・ベガレッリによるものです。もう一つは彫刻家グイド・マッツォーニによる1480年の作品で、納骨堂内にあり、Madonna della Pappaの名前で知られています。

トッレ・チヴィカ(鐘楼)は教会に付属しています。

モデナ大聖堂は、ランフランコらによって建造されたロマネスク様式とゴシック様式の融合した傑作であり、世界遺産登録基準(1)に該当するものとして評価されました。

モデナ大聖堂の内部
場所 内容
中央の本堂と納骨堂の間 アンセルモ・ダ・カンピオーネ作による『最後の晩餐』、大理石製キリストの受難像
説教壇 アッリーゴ・ダ・カンピオーネによる、小さなテラコッタ像で飾られた説教壇
納骨堂 彫刻家グイド・マッツォーニによる1480年の作品『キリストの降誕』像
付属 トッレ・チヴィカ(鐘楼)

モデナ大聖堂と世界遺産

さらに、隣接する市民の塔とグランデ広場とともに、一体となって中世イタリアの自由都市の発展の様子を伝えており、中世キリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきも伝える優れた例証として、1997年の世界遺産委員会で世界遺産リストに登録されました。

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録されました。

この物件の公式な登録名は Cathedral

その日本語訳は、(特に市民の塔の扱いについて)文献によって揺れがあります。

世界遺産登録基準
基準 内容
(i) 人類の創造的才能を示すロマネスク様式の傑作
(ii) ポー渓谷におけるロマネスク様式の発展に大きく貢献
(iii) 12世紀の北イタリア都市社会の文化的伝統を伝える
(iv) 宗教的価値観と市民的価値観が組み合わされた建築複合施設の最良の見本

まとめ

モデナ大聖堂は、ロマネスク様式とゴシック様式の融合が見られる建築物であり、その歴史的背景や芸術的価値から世界遺産に登録されました。

大聖堂は、モデナの守護聖人である聖ジェミアヌスの墓として建設され、その後も様々な建築家や彫刻家によって装飾が施されてきました。

内部には、貴重な彫刻や絵画が数多く展示されており、訪れる人々に感動を与えています。

モデナ大聖堂は、モデナの歴史と文化を象徴する重要な建造物であり、世界遺産として後世に継承されていくべきものです。

2. トッレチヴィカの意味とは

要約

トッレチヴィカの概要

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂に隣接する鐘楼で、高さ86.12mの塔です。塔の上からは市の周囲を一望でき、古くからモデナの主要なランドマークとなっています。

大聖堂に隣接する大理石製の鐘楼が完成したのは1179年のことで、モデナ大聖堂とともにランフランコの設計でした。

トッレ・チヴィカは、市民の塔を意味し、花冠状の装飾(ギルランダ)が見られることから「ギルランディーナ」とも呼ばれています。

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂とともに世界遺産に登録されています。

トッレ・チヴィカの概要
名称 トッレ・チヴィカ
別名 ギルランディーナ
高さ 86.12m
役割 市民の塔、鐘楼
建築様式 ロマネスク様式とゴシック様式の融合

トッレチヴィカの建築様式

トッレ・チヴィカは、当初はロマネスク様式で5階まで建設されましたが、後にゴシック様式の上部と尖塔が付け加えられ、約86mの高さになっています。

塔の先端には愛称のギルランディーナの由来となったかわいらしい花冠で飾られた風向計があります。

塔の内部にも見事な装飾が施されており、一見の価値があります。

トッレ・チヴィカは、ロマネスク様式とゴシック様式の融合が見られる建築物です。

トッレチヴィカの役割

トッレ・チヴィカは、モデナ市民の安全を守るために建てられた塔です。

また、鐘楼として、街に時を告げる役割も果たしていました。

トッレ・チヴィカは、モデナ市民にとって重要なシンボルとなっています。

現在でも、トッレ・チヴィカはモデナの街のランドマークとして、多くの人々に親しまれています。

まとめ

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂に隣接する鐘楼で、市民の塔として、街の安全を守る役割を果たしていました。

ロマネスク様式とゴシック様式の融合が見られる建築様式は、モデナの歴史と文化を象徴しています。

トッレ・チヴィカは、モデナ市民にとって重要なシンボルであり、現在でも街のランドマークとして親しまれています。

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂とともに世界遺産に登録されており、その歴史的価値と芸術的価値から、後世に継承されていくべきものです。

3. グランデ広場の特徴

要約

グランデ広場の歴史

グランデ広場は、モデナ大聖堂の前の広場として12世紀につくられました。

荘厳な大聖堂とトッレ・チヴィカにみられる中世のキリスト教信仰と市場、祭典の場といった役割で市民生活を結びつける美しいグランデ広場です。

グランデ広場は、モデナ旧市街の中心であり、モデナの歴史と文化を語る上で重要な場所です。

グランデ広場は、モデナ大聖堂、トッレ・チヴィカとともに世界遺産に登録されています。

グランデ広場の歴史
時代 内容
12世紀 モデナ大聖堂前に建造
現在 モデナ旧市街の中心
役割 市場、祭典の場、市民生活の中心

グランデ広場の構造

グランデ広場は、大聖堂の前の広場として、12世紀に建造されました。

現代的視点で見れば必ずしも「大きい」とはいえないが、中世の広場はもっと小さいのが常であったため、この名が残っています。

グランデ広場は、大聖堂とトッレ・チヴィカに囲まれた、美しい空間です。

広場には、カフェやレストランが立ち並び、市民の憩いの場となっています。

グランデ広場の役割

グランデ広場は、中世のキリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきを伝える優れた例証です。

広場は、市場や祭典の場として、市民生活の中心的な役割を果たしていました。

また、大聖堂やトッレ・チヴィカといった重要な建造物に面しており、モデナの街の象徴的な場所となっています。

現在でも、グランデ広場は、モデナ市民の生活の中心的な場所であり、観光客にとっても魅力的な場所です。

まとめ

グランデ広場は、モデナ大聖堂とトッレ・チヴィカに囲まれた、歴史的な広場です。

中世のキリスト教都市における信仰と市民生活の結びつきを伝える重要な場所であり、世界遺産に登録されています。

グランデ広場は、モデナの歴史と文化を語る上で欠かせない場所であり、現在でも市民の憩いの場として親しまれています。

グランデ広場は、モデナを訪れる観光客にとっても、魅力的な場所です。

4. モデナの大聖堂のアートと彫刻

要約

モデナ大聖堂の彫刻

モデナ大聖堂のファサードは、彫刻家グリエルモ・ダ・モデナによるレリーフで知られています。

預言者と総主教の肖像、聖書の物語など、ロマネスク様式彫刻の傑作が含まれています。

学者たちは、「アダムとイヴの創造」、「原罪」、「ノアの物語」の中に壮大な功績を指摘しました。

モデナ大聖堂の彫刻は、ロマネスク様式の彫刻の代表的な作品として、世界的に評価されています。

モデナ大聖堂の彫刻
場所 内容
ファサード グリエルモ・ダ・モデナ作のレリーフ
ポータル ライオン像
十二使徒像
内部 アンセルモ・ダ・カンピオーネによる講壇のレリーフ

モデナ大聖堂の芸術

モデナ大聖堂は、建築家ランフランコと彫刻家ヴィリジェルモという二人の偉大な芸術家によって作られました。

二人の芸術家のコラボレーションによって、建築と装飾が融合した総合芸術が誕生しました。

モデナ大聖堂は、ロマネスク様式の建築と彫刻が融合した傑作であり、人類の創造的な才能を示すものです。

モデナ大聖堂は、芸術史において重要な位置を占める建築物です。

モデナ大聖堂の芸術的影響

モデナ大聖堂の彫刻は、イタリア中世後期の彫刻に決定的な影響を与えました。

特にヴィリジェルモの革新的な作品群は、ヨーロッパ全体で見ても際立っており、モデナ大聖堂の彫刻群はローマ時代以来となる彫刻文化の復活をもたらした文化的背景を理解する鍵となっています。

モデナ大聖堂の芸術は、後の時代の芸術家たちに大きな影響を与え、ヨーロッパの芸術文化の発展に貢献しました。

モデナ大聖堂は、芸術史において重要な役割を果たした建築物です。

まとめ

モデナ大聖堂は、ロマネスク様式の建築と彫刻が融合した傑作であり、その芸術的価値は世界的に評価されています。

特に彫刻家グリエルモ・ダ・モデナによるレリーフは、ロマネスク様式の彫刻の代表的な作品として、後世の芸術家たちに大きな影響を与えました。

モデナ大聖堂は、芸術史において重要な位置を占める建築物であり、その芸術的価値は、現在でも多くの人々に感動を与えています。

モデナ大聖堂は、世界遺産として、その芸術的価値を後世に継承していくべきものです。

5. トッレチヴィカの歴史的背景

要約

トッレチヴィカの建設

トッレ・チヴィカは、1179年に完成した大理石製の鐘楼です。

モデナ大聖堂とともにランフランコの設計でした。

当初は5階建てのロマネスク様式の塔でしたが、後にゴシック様式の上部と尖塔が付け加えられ、約86mの高さになっています。

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂とともに、モデナの歴史と文化を語る上で重要な建造物です。

トッレ・チヴィカの建設
時代 内容
1179年 大理石製の鐘楼が完成
1319年 ゴシック様式の上部と尖塔が付け加えられ、約86mの高さになる

トッレチヴィカの役割

トッレ・チヴィカは、市民の塔を意味し、花冠状の装飾(ギルランダ)が見られることから「ギルランディーナ」とも呼ばれています。

トッレ・チヴィカは、モデナ市民の安全を守るために建てられた塔です。

また、鐘楼として、街に時を告げる役割も果たしていました。

トッレ・チヴィカは、モデナ市民にとって重要なシンボルとなっています。

トッレ・チヴィカの役割
役割 内容
市民の塔 モデナ市民の安全を守る
鐘楼 街に時を告げる
シンボル モデナ市民にとって重要なシンボル

トッレチヴィカとモデナの歴史

トッレ・チヴィカは、モデナの歴史と深く関わっています。

1288年にモデナはエステ家の支配下に入りました。

1598年にエステ家はモデナに拠点を移してフェッラーラ公国はモデナ=レッジョ公国となりますが、以降の時代にもトッレ・チヴィカはモデナの街のシンボルとして存在し続けました。

トッレ・チヴィカは、モデナの歴史と文化を伝える重要な建造物です。

まとめ

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂に隣接する鐘楼で、市民の塔として、街の安全を守る役割を果たしていました。

トッレ・チヴィカは、モデナの歴史と文化を象徴する重要な建造物であり、世界遺産に登録されています。

トッレ・チヴィカは、モデナ市民にとって重要なシンボルであり、現在でも街のランドマークとして親しまれています。

トッレ・チヴィカは、モデナ大聖堂とともに世界遺産に登録されており、その歴史的価値と芸術的価値から、後世に継承されていくべきものです。

6. グランデ広場の観光情報

要約

グランデ広場のアクセス

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場は、モデナの中心部に位置しています。

モデナ駅からは徒歩で15分から20分、駅からバスを利用すれば10分程度で到着します。

モデナは、ボローニャから電車で約30分、ミラノやフィレンツェからも電車で1時間半から2時間でアクセスできます。

モデナは、日帰り観光にも最適な場所です。

グランデ広場のアクセス
交通手段 時間
徒歩 モデナ駅から15分から20分
バス モデナ駅から10分程度
電車 ボローニャから約30分、ミラノやフィレンツェから1時間半から2時間

グランデ広場の見どころ

グランデ広場には、モデナ大聖堂、トッレ・チヴィカ、市庁舎など、歴史的な建造物が立ち並んでいます。

広場は、カフェやレストランが立ち並び、市民の憩いの場となっています。

グランデ広場は、モデナの歴史と文化を肌で感じることができる場所です。

グランデ広場は、モデナを訪れる観光客にとって、必見の場所です。

グランデ広場の見どころ
場所 内容
モデナ大聖堂 ロマネスク様式とゴシック様式の融合が見られる建築物
トッレ・チヴィカ 市民の塔として、街の安全を守る役割を果たしていた
市庁舎 歴史的な建造物
広場 カフェやレストランが立ち並び、市民の憩いの場

グランデ広場の周辺

グランデ広場の周辺には、大聖堂博物館、エステ家図書館、エステ家美術館など、歴史的な建造物や美術館が数多くあります。

また、モデナは、バルサミコ酢やパルミジャーノ・レッジャーノなどの特産品で知られています。

グランデ広場周辺には、特産品を扱うお店やレストランが数多くあり、モデナの食文化を楽しむことができます。

グランデ広場周辺は、歴史と文化、そして食を楽しむことができる場所です。

グランデ広場周辺
場所 内容
大聖堂博物館 大聖堂の史資料を収蔵
エステ家図書館 60万冊以上の蔵書を所蔵
エステ家美術館 18世紀のエステ家の美術品を展示
特産品 バルサミコ酢、パルミジャーノ・レッジャーノ

まとめ

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場は、モデナの中心部に位置する世界遺産です。

グランデ広場は、モデナの歴史と文化を肌で感じることができる場所であり、観光客にとっても魅力的な場所です。

グランデ広場周辺には、歴史的な建造物や美術館、特産品を扱うお店やレストランが数多くあり、モデナの歴史と文化、そして食を楽しむことができます。

モデナを訪れる際は、ぜひグランデ広場を訪れて、モデナの街の魅力を満喫してください。

参考文献

モデナ大聖堂 – Wikipedia

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