項目 | 説明 |
---|---|
総損失吸収力(TLAC) | 巨大金融機関が破綻した場合に、公的資金に頼らずに秩序ある処理を行うための仕組み |
外部TLAC | 金融機関が市場から調達した損失吸収力・資本再構築能力 |
内部TLAC | 金融機関がグループ内の主要な子会社に配賦した損失吸収力・資本再構築能力 |
TLAC債 | 銀行が破綻した場合に、元本が削減または株式に転換される債務 |
G-SIBs | 金融安定理事会(FSB)によって選定された、世界経済に大きな影響を与える可能性のある金融機関 |
リスク・アセット | 金融機関が保有する資産のリスク度合いを反映した指標 |
レバレッジエクスポージャー | 金融機関が抱える債務の総額を反映した指標 |
1. 総損失吸収力とは
1.1 TLACの背景
2008年のリーマンショック以降、世界経済は大きな打撃を受けました。その原因の一つとして、『大きすぎて潰せない(Too big to fail)』と呼ばれる問題が挙げられます。これは、巨大な金融機関が破綻した場合、金融システム全体に深刻な影響が及ぶため、政府が公的資金を投入して救済せざるを得ない状況を指します。しかし、このような政府による救済は、金融機関のモラルハザードを助長し、過度なリスクテイクを招く可能性も懸念されていました。
そこで、金融安定理事会(FSB)は、2015年に『グローバルなシステム上重要な銀行の破綻時の損失吸収及び資本再構築に係る原則』を策定しました。これは、巨大金融機関が破綻した場合でも、公的資金に頼らずに秩序ある処理を行うための新たな枠組みとして、総損失吸収力(Total Loss-Absorbing Capacity、TLAC)の確保を求めるものです。
TLACは、巨大金融機関が破綻した場合に、株主や債権者に損失を負担させ、かつ資本の再構築を行うことで、納税者負担によらずに金融システムの安定を維持することを目的としています。
具体的には、TLAC規制の対象となる金融機関は、事前に一定水準以上の損失吸収力を持つ資本や債務を保有することが求められます。これにより、金融機関が破綻した場合でも、公的資金の投入を最小限に抑え、金融システムへの影響を軽減することが期待されています。
問題 | 対策 |
---|---|
大きすぎて潰せない(Too big to fail)問題 | 総損失吸収力(TLAC)の確保 |
政府による救済のモラルハザード | 株主や債権者に損失を負担させる |
金融システムへの影響 | 納税者負担によらずに金融システムの安定を維持 |
1.2 TLACの仕組み
TLACは、自己資本と債務の両方を組み合わせた損失吸収力を指します。従来の自己資本比率規制では、銀行が破綻する可能性を下げることが主眼に置かれていました。しかし、TLAC規制では、自己資本に加えて、破綻時に損失を吸収できる債務(TLAC債)の発行も求められます。
TLAC債は、銀行が破綻した場合に、元本が削減または株式に転換されるという特徴があります。つまり、TLAC債の保有者は、銀行が破綻した場合には、元本の一部または全部を失うリスクを負うことになります。
TLAC債は、銀行の破綻を回避するものではなく、破綻した場合に公的資金の投入を回避するための仕組みです。銀行が破綻した場合、TLAC債の保有者が損失を負担することで、政府による救済を必要とせずに、銀行の再建を進めることが可能になります。
TLAC規制は、銀行の破綻リスクを軽減し、金融システムの安定性を高めることを目的としています。また、政府による救済への依存度を減らし、金融機関のモラルハザードを抑制する効果も期待されています。
要素 | 説明 |
---|---|
自己資本 | 従来の自己資本比率規制で求められる資本 |
債務(TLAC債) | 破綻時に元本削減または株式転換される債務 |
目的 | 公的資金の投入を最小限に抑え、金融システムへの影響を軽減 |
1.3 TLACの対象となる金融機関
TLAC規制の対象となるのは、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)です。G-SIBsは、金融安定理事会(FSB)によって選定され、世界経済に大きな影響を与える可能性のある金融機関として指定されます。
日本では、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループの3メガバンクがG-SIBsに指定されています。
さらに、金融庁は、日本の金融システムに与える影響が大きい金融機関として、野村ホールディングスもTLAC規制の対象に加えました。
これらの金融機関は、TLAC規制の適用開始日以降、リスク・アセットやレバレッジエクスポージャーに対して、一定の比率以上のTLACを保有することが求められます。
区分 | 説明 |
---|---|
G-SIBs | 金融安定理事会(FSB)によって選定された、世界経済に大きな影響を与える可能性のある金融機関 |
日本のG-SIBs | 三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ |
追加指定 | 日本の金融システムに与える影響が大きい金融機関として、野村ホールディングス |
まとめ
TLACは、巨大金融機関の破綻による金融システムへの影響を最小限に抑えるための重要な規制です。TLAC規制は、銀行の破綻リスクを軽減し、金融システムの安定性を高めることを目的としています。
TLACは、自己資本と債務の両方を組み合わせた損失吸収力を指し、銀行が破綻した場合に、株主や債権者に損失を負担させることで、政府による救済を必要とせずに、銀行の再建を進めることが可能になります。
TLAC規制の対象となるのは、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)であり、日本では3メガバンクと野村ホールディングスが対象となっています。
TLAC規制は、金融機関のモラルハザードを抑制し、金融システムの安定性を高める上で重要な役割を果たすと期待されています。
2. 総損失吸収力の計算方法
2.1 外部TLAC
TLACは、外部TLACと内部TLACの二つに分けられます。外部TLACは、金融機関が市場から調達した損失吸収力・資本再構築能力を指します。
外部TLACの最低所要水準は、リスク・アセットとレバレッジエクスポージャーの2つの指標で設定されます。リスク・アセットは、金融機関が保有する資産のリスク度合いを反映した指標であり、レバレッジエクスポージャーは、金融機関が抱える債務の総額を反映した指標です。
TLAC規制では、外部TLACの最低所要水準がリスク・アセットの16%、レバレッジエクスポージャーの6%に設定されています。これは、従来の自己資本比率規制の2倍以上の水準です。
金融庁は、日本の預金保険制度を考慮し、外部TLACの最低所要水準がリスク・アセットの16%の場合にはリスク・アセットの2.5%相当分、18%の場合にはリスク・アセットの3.5%相当分を外部TLACとして算入することを認める方針です。
指標 | 説明 |
---|---|
リスク・アセット | 金融機関が保有する資産のリスク度合いを反映した指標 |
レバレッジエクスポージャー | 金融機関が抱える債務の総額を反映した指標 |
最低所要水準 | リスク・アセットの16%、レバレッジエクスポージャーの6% |
2.2 内部TLAC
内部TLACは、金融機関がグループ内の主要な子会社に配賦した損失吸収力・資本再構築能力を指します。
内部TLACは、主に海外の子会社に対して適用され、子会社が破綻した場合に、その損失を母国にある親会社に集約して処理することを目的としています。
内部TLACの最低所要水準は、子会社が破綻した場合に適用されるであろう外部TLACの75~90%とされています。
内部TLACは、クロスボーダーでの破綻処理において重要な役割を果たします。
対象 | 説明 |
---|---|
海外の子会社 | 子会社が破綻した場合に、その損失を母国にある親会社に集約して処理 |
最低所要水準 | 子会社が破綻した場合に適用されるであろう外部TLACの75~90% |
2.3 TLACの計算方法
TLACの計算方法は、金融機関の規模やリスクプロファイルによって異なります。
一般的には、リスク・アセットやレバレッジエクスポージャーなどの指標に基づいて計算されます。
TLACの計算には、複雑な計算式が用いられるため、専門的な知識が必要です。
金融機関は、TLAC規制を遵守するために、適切な計算方法を用いてTLACの必要水準を算出する必要があります。
まとめ
TLACは、外部TLACと内部TLACの二つに分けられます。外部TLACは、金融機関が市場から調達した損失吸収力・資本再構築能力を指し、内部TLACは、金融機関がグループ内の主要な子会社に配賦した損失吸収力・資本再構築能力を指します。
外部TLACの最低所要水準は、リスク・アセットとレバレッジエクスポージャーの2つの指標で設定され、内部TLACの最低所要水準は、子会社が破綻した場合に適用されるであろう外部TLACの75~90%とされています。
TLACの計算方法は、金融機関の規模やリスクプロファイルによって異なりますが、一般的には、リスク・アセットやレバレッジエクスポージャーなどの指標に基づいて計算されます。
金融機関は、TLAC規制を遵守するために、適切な計算方法を用いてTLACの必要水準を算出する必要があります。
3. 総損失吸収力の影響因子
3.1 金融機関の経営戦略
TLAC規制は、金融機関の経営戦略に大きな影響を与えます。
TLAC規制の導入により、金融機関は、従来よりも高い水準の資本を保有する必要が生じます。
そのため、金融機関は、収益性と安全性とのバランスを考慮しながら、新たな経営戦略を策定する必要があります。
例えば、TLAC規制に対応するために、新たな債務の発行や既存の事業の再編などが考えられます。
影響 | 対策 |
---|---|
資本保有水準の上昇 | 新たな債務の発行、既存の事業の再編 |
収益性と安全性のバランス | 新たな経営戦略の策定 |
3.2 投資家の行動
TLAC規制は、投資家の行動にも影響を与えます。
TLAC規制の導入により、投資家は、金融機関の破綻リスクをより意識するようになります。
そのため、投資家は、TLAC規制を遵守している金融機関に投資する傾向が強まる可能性があります。
また、TLAC債などの新しい金融商品への投資も増加する可能性があります。
影響 | 行動 |
---|---|
破綻リスクの意識 | TLAC規制を遵守している金融機関への投資 |
新しい金融商品への投資 | TLAC債などの新しい金融商品への投資 |
3.3 金融市場
TLAC規制は、金融市場にも影響を与えます。
TLAC規制の導入により、金融機関の資金調達コストが上昇する可能性があります。
また、TLAC債などの新しい金融商品の取引が活発化し、金融市場の構造が変化する可能性もあります。
TLAC規制は、金融市場の安定性に影響を与える可能性があるため、金融当局は、その影響を注視していく必要があります。
影響 | 変化 |
---|---|
資金調達コストの上昇 | 金融機関の資金調達コストの上昇 |
金融市場の構造変化 | TLAC債などの新しい金融商品の取引が活発化 |
まとめ
TLAC規制は、金融機関の経営戦略、投資家の行動、金融市場に大きな影響を与えます。
金融機関は、TLAC規制に対応するために、新たな経営戦略を策定する必要があり、投資家は、TLAC規制を遵守している金融機関に投資する傾向が強まる可能性があります。
TLAC規制は、金融市場の安定性に影響を与える可能性があるため、金融当局は、その影響を注視していく必要があります。
TLAC規制は、金融システムの安定性を高めるための重要な規制ですが、その影響は多岐にわたるため、慎重な対応が必要です。
4. 総損失吸収力とリスクヘッジ
4.1 TLACとリスクヘッジ
TLACは、金融機関が破綻した場合に、公的資金の投入を回避するための仕組みです。
そのため、TLACは、金融機関が抱えるリスクをヘッジするための重要な手段となります。
TLAC規制は、金融機関に対して、事前にリスクを管理し、破綻に備えることを促す効果があります。
TLACは、金融機関の経営安定化に貢献し、金融システム全体の安定性を高める役割を果たします。
4.2 TLACと投資家のリスクヘッジ
TLAC債は、銀行が破綻した場合に、元本が削減または株式に転換されるという特徴があります。
そのため、TLAC債の保有者は、銀行が破綻した場合には、元本の一部または全部を失うリスクを負うことになります。
しかし、TLAC債は、銀行の破綻リスクを軽減し、金融システム全体の安定性を高める効果も期待されています。
投資家は、TLAC債に投資することで、銀行の破綻リスクをヘッジすることができます。
4.3 TLACと金融当局のリスクヘッジ
TLAC規制は、金融当局にとっても、リスクヘッジの手段となります。
TLAC規制は、金融機関の破綻リスクを軽減することで、金融システム全体の安定性を高めます。
また、TLAC規制は、政府による救済への依存度を減らし、財政負担を軽減する効果も期待されています。
金融当局は、TLAC規制を導入することで、金融システム全体の安定性を確保し、経済危機のリスクを軽減することができます。
まとめ
TLACは、金融機関、投資家、金融当局にとって、リスクヘッジの重要な手段となります。
TLACは、金融機関の破綻リスクを軽減し、金融システム全体の安定性を高めることで、経済危機のリスクを抑制する効果が期待されています。
TLACは、金融機関の経営安定化、投資家のリスク管理、金融当局の政策目標達成に貢献する重要な役割を果たします。
TLACは、金融システムの安定性を高めるための重要な規制であり、今後もその役割はますます重要になっていくと考えられます。
5. 総損失吸収力の実践例
5.1 TLAC債の発行
TLAC規制に対応するために、金融機関は、TLAC債を発行しています。
TLAC債は、従来の社債よりも、破綻時の損失吸収力が強いという特徴があります。
TLAC債は、銀行の破綻リスクを軽減し、金融システム全体の安定性を高めることを目的として発行されています。
TLAC債は、投資家にとって、銀行の破綻リスクをヘッジするための手段となります。
特徴 | 説明 |
---|---|
従来の社債よりも損失吸収力が強い | 銀行が破綻した場合に、元本が削減または株式に転換される |
目的 | 銀行の破綻リスクを軽減し、金融システム全体の安定性を高める |
5.2 TLAC規制の適用
TLAC規制は、2019年から段階的に適用されています。
TLAC規制の適用により、金融機関は、従来よりも高い水準の資本を保有する必要が生じます。
TLAC規制は、金融機関の経営戦略に大きな影響を与え、金融市場の構造にも変化をもたらす可能性があります。
金融当局は、TLAC規制の適用状況を注視し、必要に応じて規制の強化や緩和を行う必要があります。
段階 | 内容 |
---|---|
2019年3月31日以降 | 3メガバンクに適用 |
2021年3月31日以降 | 野村ホールディングスに適用 |
影響 | 金融機関の経営戦略、金融市場の構造変化 |
5.3 TLAC規制の課題
TLAC規制は、金融システムの安定性を高めるための重要な規制ですが、いくつかの課題も存在します。
一つは、TLAC規制の導入により、金融機関の資金調達コストが上昇する可能性があることです。
二つ目は、TLAC規制の複雑さです。TLAC規制は、従来の規制よりも複雑なため、金融機関や投資家にとって理解が難しい場合があります。
金融当局は、TLAC規制の課題を克服し、その効果を最大限に発揮するために、継続的な検討と改善が必要です。
課題 | 説明 |
---|---|
資金調達コストの上昇 | TLAC規制の導入により、金融機関の資金調達コストが上昇する可能性 |
複雑さ | TLAC規制は、従来の規制よりも複雑なため、金融機関や投資家にとって理解が難しい |
まとめ
TLAC規制は、金融機関の破綻リスクを軽減し、金融システム全体の安定性を高めるための重要な規制です。
TLAC規制は、金融機関の経営戦略、投資家の行動、金融市場に大きな影響を与えます。
TLAC規制は、金融システムの安定性を高めるための重要な規制ですが、いくつかの課題も存在します。
金融当局は、TLAC規制の課題を克服し、その効果を最大限に発揮するために、継続的な検討と改善が必要です。
6. 総損失吸収力と経済危機
6.1 TLACと経済危機
TLACは、経済危機発生時の金融システムの安定性を高めるための重要な役割を果たします。
TLAC規制は、金融機関の破綻リスクを軽減することで、経済危機の発生を抑制する効果が期待されています。
また、TLAC規制は、経済危機発生時に、政府による救済への依存度を減らし、財政負担を軽減する効果も期待されています。
TLACは、経済危機発生時の金融システムの安定化に貢献する重要な要素です。
6.2 TLACと金融政策
TLAC規制は、金融政策にも影響を与えます。
TLAC規制は、金融機関の資金調達コストに影響を与えるため、金融政策の効果に影響を与える可能性があります。
金融当局は、TLAC規制の影響を考慮しながら、適切な金融政策を実施する必要があります。
TLAC規制は、金融政策の有効性を高めるための重要な要素となります。
6.3 TLACと国際協力
TLAC規制は、国際的な協力によって実現した規制です。
TLAC規制は、世界各国の金融当局が協力して、金融システム全体の安定性を高めるための取り組みです。
国際的な協力は、TLAC規制の有効性を高めるために不可欠です。
TLAC規制は、国際的な金融協力の重要性を示す好例です。
まとめ
TLACは、経済危機発生時の金融システムの安定性を高めるための重要な役割を果たします。
TLAC規制は、金融政策の効果に影響を与える可能性があり、金融当局は、TLAC規制の影響を考慮しながら、適切な金融政策を実施する必要があります。
TLAC規制は、国際的な協力によって実現した規制であり、国際的な金融協力の重要性を示す好例です。
TLACは、世界経済の安定に貢献する重要な要素であり、今後もその役割はますます重要になっていくと考えられます。
参考文献
・PDF 平成30(2018)年4月13日改訂(第2版) 金融庁 先般発生し …
・PDF 我が国における Tlac(総損失吸収力)規制 – 財務省
・総損失吸収能力(TLAC)とは|金融業務用語集|iFinance
・Tlacとは(Tlac債とは)|株初心者のための株式投資と相場 …
・Tlac債についての分かりやすくて詳しい説明 – ファイナンシャル …
・金融庁、金融システムの安定に資する総損失吸収力(Tlac)に …
・TLAC(総損失吸収能力) | 時事用語事典 | 情報・知識 … – imidas
・総損失吸収力とは?株式用語解説 – お客様サポート – Dmm 株
・財務省「ファイナンス」:我が国におけるtlac(総損失吸収力 …
・PDF ニュースリリース 野村ホールディングス 金融システムの安定に …