項目 | 内容 |
---|---|
場所 | ハノイ市中心部 |
登録年 | 2010年 |
登録基準 | 文化遺産 |
アクセス | タクシー、徒歩 |
見どころ | 端門、敬天殿、後楼、地下シェルター、D67指令室 |
営業時間 | 8:00~17:00(月曜定休日) |
料金 | 3万ドン(約140円) |
1. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の概要
タンロン遺跡とは?
タンロン遺跡は、ベトナムの首都ハノイの中心部にある世界文化遺産です。ここは、7世紀から19世紀にかけて1000年以上も政治の中心であったエリアで、歴代王朝の異なった時代の遺跡が重層的に発見されています。タンロンとは、漢字で「昇龍」と書き、ハノイの旧称です。ベトナム最初の長期統一政権を打ち立てたリータイトーが、1010年に都をニンビンのホアルー(華閭)から移す際に、黄金の龍が現れ、天高く飛び立つのを見たため「タンロン(昇龍)」と名付けられたと言われています。
1010年に都が置かれたのち約800年間、王朝は交代しても遷都は行われず、阮(グエン)朝がフエに王宮の建設を開始する1805年まで、タンロンは長きにわたって都であり続けました。そのため、同じ場所から異なる王朝の都の跡が重なって見つかっており、これがタンロン遺跡の大きな特徴です。さらに、統一政権ができる1010年以前、中国支配時代のダイラ(8~9世紀)などの遺跡も同じ場所で発掘されています。また、フエに都が移った後、タンロンはハノイと名前を改名し、地方都市となりましたが、規模が縮小されたハノイ城が同じ土地に建設されました。
タンロン遺跡は2002年に国会議事堂建て替えの際に発掘され、2010年に世界文化遺産として指定されました。今でも発掘調査は続いています。
項目 | 内容 |
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名称 | タンロン遺跡 |
別名 | 昇龍皇城 |
場所 | ハノイ市中心部 |
歴史 | 1010年から1804年までベトナム王朝の都 |
特徴 | 各時代の遺跡が重層的に発掘されている |
登録年 | 2010年 |
登録基準 | 文化遺産 |
タンロン遺跡へのアクセス
タンロン遺跡は、ツアーを使わずに個人で観光することができます。ハノイ観光の中心である旧市街やホアンキエム湖からは、タクシーや配車アプリのグラブを使って10分程度です。徒歩だと30分くらいかかるので、タンロン遺跡にはタクシーやグラブで行くのがいいでしょう。
ドライバーに見せるために、ベトナム語と英語での呼び方、住所を記載しておきます。\nタンロン遺跡\nThe Imperial Citadel of Thang Long(英語)\nHoàng Thành Thăng Long(ベトナム語)\n住所\n19c Hoàng Diệu
タンロン遺跡の入り口はホアンジエウ(Hoàng Diệu)通り側です。敷地が広いので、どこに入口があるか把握しておくのが大切ですね。2階建て観光バスのルートにも入っているので、2階建て観光バスの乗り降り自由のチケットを購入して、訪れてみるのもいいかもしれません。ホアンキエム湖西側でチケットを購入し、乗車することができますよ。
また、ホーチミン廟や文廟からは徒歩15分程度なので、合わせて観光してもいいかもしれません。
交通手段 | 所要時間 |
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タクシー | 10分程度 |
徒歩 | 30分程度 |
バス | バス停から徒歩10分程度 |
ツアー | 4時間程度 |
タンロン遺跡の見どころ
タンロン遺跡は、ベトナムの歴代の王朝の都が置かれていた場所です。ベトナムの首都ハノイの中心部にあります。タンロンは、漢字で「昇龍」と書くのですが、ハノイの旧称です。ベトナム最初の長期統一政権を打ち立てたリータイトーが、1010年に都をニンビンのホアルー(華閭)から移す際に、黄金の龍が現れ、天高く飛び立つのを見たため「タンロン(昇龍)」と名付けられたと言われています。
1010年に都が置かれたのち約800年間、王朝は交代しても遷都は行われず、阮(グエン)朝がフエに王宮の建設を開始する1805年まで、タンロンは長きにわたって都であり続けました。そのため、同じ場所から異なる王朝の都の跡が重なって見つかっており、これがタンロン遺跡の大きな特徴です。さらに、統一政権ができる1010年以前、中国支配時代のダイラ(8~9世紀)などの遺跡も同じ場所で発掘されています。また、フエに都が移った後、タンロンはハノイと名前を改名し、地方都市となりましたが、規模が縮小されたハノイ城が同じ土地に建設されました。
タンロン遺跡は2002年に国会議事堂建て替えの際に発掘され、2010年に世界文化遺産として指定されました。今でも発掘調査は続いています。
場所 | 説明 |
---|---|
端門 | タンロン遺跡の南側の入口 |
敬天殿 | 皇帝の住む宮殿があった場所 |
後楼 | 皇帝に仕えた側近が利用していた建物 |
地下シェルター | ベトナム戦争時代の地下司令部 |
D67指令室 | ベトナム戦争時代の軍事施設 |
軍事博物館 | ベトナム戦争に関する展示 |
まとめ
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史を深く理解できる貴重な場所です。ハノイの中心部に位置し、アクセスも良好なので、ハノイを訪れた際はぜひ立ち寄ってみてください。
特に、端門や敬天殿、後楼といった歴史的な建造物は必見です。また、地下シェルターやD67指令室といったベトナム戦争の遺物も、戦争の歴史を学ぶ上で貴重な体験となります。
タンロン遺跡は、世界遺産でありながら、観光客が少なく、静かで落ち着いた雰囲気の中で見学できます。ゆっくりと時間をとって、ベトナムの歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
2. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の歴史
タンロン遺跡の歴史
タンロン遺跡は、ベトナムの首都ハノイの都心近くの地区を指します。ここは7~19世紀にかけて1000年以上も政治の中心であったエリアで、歴代王朝の異なった時代の遺跡が重層的に発見されています。タンロンというのはハノイの旧称。もっとも古いものは7~9世紀に栄えたダイラ城の文化に関するもので、その上には11〜12世紀の李王朝文化、そして13世紀のチャン王朝時代の遺跡と続きます。同じ場所から異なる王朝の都の跡がこれほど重なって見つかるのは、たいへん珍しいことなんですよ。ハノイが昔から重要な土地であったことが分かりますね。
戦争の記憶が色濃く残るベトナム。長い戦争によって多くの建築物が破壊されましたが、タンロン王城の遺跡は地中で注目される時を待っていたのです。
タンロン遺跡は、2002年に国会議事堂建て替えの際に発掘され、2010年に世界文化遺産として指定されました。今でも発掘調査は続いています。
時代 | 内容 |
---|---|
7~9世紀 | 中国支配時代のダイラ城 |
11~12世紀 | 李王朝時代 |
13世紀以降 | 陳朝、胡朝、黎朝といった各王朝時代 |
1802年 | 阮朝がフエに遷都 |
2002年 | 国会議事堂の建て替え工事中に発掘 |
2010年 | 世界文化遺産に登録 |
タンロン遺跡の時代区分
タンロン遺跡は、大きく分けて3つの時代区分で構成されています。
1つ目は、7~9世紀の中国支配時代のダイラ城です。ダイラ城は、紅河デルタの低湿地を埋め立てて築かれた要塞で、当時の中国の文化の影響を強く受けています。
2つ目は、11~12世紀の李王朝時代です。李王朝は、ベトナム最初の長期統一王朝で、タンロンを都とし、独自の文化を花開かせました。李王朝時代の遺跡からは、中国文化とベトナム独自の文化が融合した様式が見られます。
3つ目は、13世紀以降の陳朝、胡朝、黎朝といった各王朝時代です。これらの王朝は、李王朝を継承し、タンロンを都として発展させました。各王朝時代の遺跡からは、それぞれの時代の文化や建築様式が見て取れます。
時代 | 内容 |
---|---|
7~9世紀 | 中国支配時代のダイラ城 |
11~12世紀 | 李王朝時代 |
13世紀以降 | 陳朝、胡朝、黎朝といった各王朝時代 |
タンロン遺跡の発見と世界遺産登録
タンロン遺跡は、2002年に国会議事堂の建て替え工事中に偶然発見されました。発掘調査の結果、7~19世紀にかけての各時代の遺跡が重層的に存在することが明らかになり、2010年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史を語る上で重要な場所であり、その歴史的価値が世界的に認められたことを示しています。
現在も発掘調査は続けられており、今後も新たな発見が期待されています。
年 | 内容 |
---|---|
2002年 | 国会議事堂の建て替え工事中に発掘 |
2010年 | 世界文化遺産に登録 |
まとめ
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史を物語る貴重な遺跡群です。7世紀から19世紀にかけて、ベトナムの歴代の王朝が都を置き、それぞれの時代の文化や建築様式が積み重ねられてきました。
特に、中国文化とベトナム独自の文化が融合した様式が見られる李王朝時代の遺跡は、注目すべきです。
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史を理解する上で欠かせない場所であり、今後も発掘調査が進められることで、さらに多くの歴史が明らかになっていくことが期待されます。
3. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の建造物
端門
端門は、タンロン遺跡の南側の入口です。15世紀の後黎朝時代に建てられ、都がフエに移ってからの阮朝時代に補修されたそうです。端門は階段を上がって、景色を楽しむことができます。
端門の上の小さな建物にある、装飾の施された鯉やナマズも見どころです。
端門は、タンロン遺跡のシンボル的な建造物であり、ベトナムの伝統的な建築様式が美しく表現されています。
敬天殿
敬天殿は、かつて皇帝の住む宮殿があった場所です。建物は近年に復元されたものですが、手前にある龍の手すりの石階段は当時のもので、かなり貴重です。
敬天殿の地下には、ベトナム戦争時代にベトナム人民軍の司令部として使われていた地下室があります。
敬天殿は、タンロン遺跡の中でも特に重要な場所であり、ベトナム王朝の権威と威厳を感じることができます。
後楼
後楼は、皇帝に仕えた側近が利用していた建物です。敬天殿の楼閣として建てられました。現在あるものは復元です。
後楼は、タンロン遺跡の北側に位置し、敬天殿の後ろにあることから、後楼と呼ばれています。
後楼は、皇帝の側近たちの生活空間であり、当時の権力構造を垣間見ることができます。
項目 | 内容 |
---|---|
時代 | グエン王朝時代 |
特徴 | 皇帝に仕えた側近が利用していた建物 |
見どころ | 内部に登ることができる |
まとめ
タンロン遺跡には、端門、敬天殿、後楼といった歴史的な建造物が残されています。これらの建造物は、ベトナム王朝の栄華を物語る貴重な遺産です。
特に、端門はタンロン遺跡のシンボル的な建造物であり、敬天殿は皇帝の住む宮殿跡として、後楼は皇帝の側近たちの生活空間として、それぞれ重要な役割を果たしていました。
これらの建造物を訪れることで、ベトナム王朝の歴史と文化を深く理解することができます。
4. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の文化遺産
タンロン遺跡の文化遺産としての価値
タンロン遺跡は、ベトナムの文化遺産として、非常に高い価値を持っています。
タンロン遺跡は、7世紀から19世紀にかけて、ベトナムの歴代の王朝が都を置き、それぞれの時代の文化や建築様式が積み重ねられてきました。
特に、中国文化とベトナム独自の文化が融合した様式が見られる李王朝時代の遺跡は、注目すべきです。
項目 | 内容 |
---|---|
価値 | ベトナムの歴史と文化を伝える貴重な文化遺産 |
特徴 | 中国文化、チャンパ王国文化、ベトナム独自の文化が融合した独特の文化遺産 |
意義 | ベトナムの歴史と文化を理解する上で重要な役割を果たしている |
タンロン遺跡の文化遺産としての特徴
タンロン遺跡は、他の世界遺産と比べて、いくつかの特徴があります。
1つ目は、同じ場所に異なる時代の遺跡が重層的に存在していることです。これは、タンロンが長きにわたってベトナムの都であり続けたことを示しています。
2つ目は、中国文化、チャンパ王国文化、ベトナム独自の文化といった複数の文化が融合していることです。これは、タンロンが歴史的に重要な交易拠点であったことを示しています。
項目 | 内容 |
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特徴1 | 同じ場所に異なる時代の遺跡が重層的に存在している |
特徴2 | 中国文化、チャンパ王国文化、ベトナム独自の文化が融合している |
タンロン遺跡の文化遺産としての意義
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を理解する上で重要な役割を果たしています。
タンロン遺跡は、ベトナムの人々の歴史、文化、芸術、宗教観などを伝える貴重な資料です。
タンロン遺跡は、ベトナムの文化遺産の保護と継承に貢献しています。
項目 | 内容 |
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意義1 | ベトナムの歴史と文化を理解する上で重要な役割を果たしている |
意義2 | ベトナムの文化遺産の保護と継承に貢献している |
意義3 | 世界の人々にベトナムの魅力を伝える役割を担っている |
まとめ
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を伝える貴重な文化遺産です。
タンロン遺跡は、中国文化、チャンパ王国文化、ベトナム独自の文化といった複数の文化が融合した、独特の文化遺産です。
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を理解する上で重要な役割を果たしており、今後もその価値が継承されていくことが期待されます。
5. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の観光スポット
端門
端門は、タンロン遺跡の南側の入口です。15世紀の後黎朝時代に建てられ、都がフエに移ってからの阮朝時代に補修されたそうです。端門は階段を上がって、景色を楽しむことができます。
端門の上の小さな建物にある、装飾の施された鯉やナマズも見どころです。
端門は、タンロン遺跡のシンボル的な建造物であり、ベトナムの伝統的な建築様式が美しく表現されています。
敬天殿
敬天殿は、かつて皇帝の住む宮殿があった場所です。建物は近年に復元されたものですが、手前にある龍の手すりの石階段は当時のもので、かなり貴重です。
敬天殿の地下には、ベトナム戦争時代にベトナム人民軍の司令部として使われていた地下室があります。
敬天殿は、タンロン遺跡の中でも特に重要な場所であり、ベトナム王朝の権威と威厳を感じることができます。
後楼
後楼は、皇帝に仕えた側近が利用していた建物です。敬天殿の楼閣として建てられました。現在あるものは復元です。
後楼は、タンロン遺跡の北側に位置し、敬天殿の後ろにあることから、後楼と呼ばれています。
後楼は、皇帝の側近たちの生活空間であり、当時の権力構造を垣間見ることができます。
項目 | 内容 |
---|---|
時代 | グエン王朝時代 |
特徴 | 皇帝に仕えた側近が利用していた建物 |
見どころ | 内部に登ることができる |
まとめ
タンロン遺跡には、端門、敬天殿、後楼といった歴史的な建造物が残されています。これらの建造物は、ベトナム王朝の栄華を物語る貴重な遺産です。
特に、端門はタンロン遺跡のシンボル的な建造物であり、敬天殿は皇帝の住む宮殿跡として、後楼は皇帝の側近たちの生活空間として、それぞれ重要な役割を果たしていました。
これらの建造物を訪れることで、ベトナム王朝の歴史と文化を深く理解することができます。
6. ハノイ-タンロン王城遺跡中心地区の保存活動
タンロン遺跡の保存活動
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を伝える貴重な文化遺産です。そのため、ベトナム政府は、タンロン遺跡の保存と開発に力を入れています。
タンロン遺跡の保存活動は、発掘調査、修復、整備、教育普及など、多岐にわたっています。
発掘調査では、最新の技術を用いて、遺跡の全容を明らかにするとともに、出土した遺物を丁寧に調査・分析しています。
項目 | 内容 |
---|---|
内容 | 発掘調査、修復、整備、教育普及など |
目的 | 遺跡の価値を保護し、後世に伝える |
タンロン遺跡の開発活動
タンロン遺跡の開発活動は、観光客向けの施設整備、教育普及活動、研究活動など、多岐にわたっています。
観光客向けの施設整備では、遺跡の見学ルートの整備、案内板の設置、休憩所の設置などを行い、観光客が快適に遺跡を見学できるようにしています。
教育普及活動では、遺跡に関する資料や展示を充実させ、一般の人々がタンロン遺跡の歴史と文化を理解できるようにしています。
項目 | 内容 |
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内容 | 観光客向けの施設整備、教育普及活動、研究活動など |
目的 | 観光客の利便性を向上させ、遺跡の魅力をより多くの人に伝える |
タンロン遺跡の未来
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を伝える重要な場所であり、今後もその価値が継承されていくことが期待されます。
ベトナム政府は、タンロン遺跡の保存と開発を継続することで、タンロン遺跡を世界的な観光地として発展させていくことを目指しています。
タンロン遺跡は、ベトナムの人々の歴史と文化を伝えるだけでなく、世界の人々にベトナムの魅力を伝える役割も担っています。
項目 | 内容 |
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内容 | 世界的な観光地として発展させる |
目的 | ベトナムの歴史と文化を世界に発信する |
まとめ
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を伝える貴重な文化遺産です。
ベトナム政府は、タンロン遺跡の保存と開発に力を入れており、今後もその価値が継承されていくことが期待されます。
タンロン遺跡は、ベトナムの歴史と文化を学ぶだけでなく、世界の人々にベトナムの魅力を伝える役割も担っています。
参考文献
・ハノイのタンロン皇城の中心区域 【ベトナム】 行き方と難易度 …
・ハノイで唯一の世界遺産『タンロン遺跡』の歴史や魅力を可能 …
・【世界遺産】ハノイ 「タンロン城遺跡」 800年に渡るベトナム …
・ベトナムの世界遺産「ハノイのタンロン皇城の中心区域」とは …
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